Hitoshi Mitsuhashi, Ph.D. at Waseda

あなたはなぜ組織論を学ぶべきか

 組織論を理解することはなぜ重要か?組織論を定義することは、分野内部のテーマの多様性と広がりを考えると一意的には難しいが、仮に、(1)組織の成り立ち、特性に関する理解を深める知識の領域、(2)組織や組織内個人(リーダーやイノベーター)の行動様式やパフォーマンスの違いに説明を与える領域、と定義しておく。この上で、組織論を学ぶべき理由を3点述べる。

 第1に、組織論を学ぶことで、人間の本質、人間社会の本質の理解が深まるためである。現代社会において、多くの人は組織からの製品・サービスの提供を受け生活し、また、組織に雇用された生活基盤を築いている。組織の役割と存在は極めて大きい。生まれる場所は病院という組織だ。出生の申請は役所という組織で行われる。生まれて最初にお世話になる企業製品はオムツかもしれない。それを運び、販売するのも企業という組織だ。成長すれば学校組織と関わり、企業で雇用機会を得、自らが企業を創業することもあるだろう。冠婚葬祭にも、教会、神社、寺院という組織と関係してくる。病院で人生を終えた後も組織にお世話になる。厚生労働省による国家試験合格認定者である医師によって、死亡診断書が書かれ、そして、法務省が指定した手続きによって市役所等に死亡届を提出する必要がある。現代を生きる我々に組織は必需品である。なぜこれほどまでに組織は偉大な社会の一装置なのか。なぜこれらの多くの組織にはヒエラルキーがあるのか。ある組織は成長・適応するが、他の組織は衰退・退出するのはなぜか。組織にはどのような習性や限界があり、時に間違った方向に走るのはなぜか。組織の中には、優れた貢献をもたらす者とそうでない者がいる。また、ある行動様式を示す者(例えば、help giving)とそうでない者がいる。なぜ両者に違いが生まれたのか。組織理論は、これらの問題を考える糸口を提示し、人間の本質、人間社会の本質の理解を手助けるする。

 第2に、組織論はあなたに抽象概念で考える思考ツールを与え、現実社会の問題発見・解決するための視座とフレームワークを提示するためである。例えば、企業業績の低迷を考えてみる。なぜ業績が低迷しているのか?学習という視座から考えると、古い知識が企業内に固着し、新しい知識を取り込むためのネットワークが不在しているためかもしれない。もしくは、新しい知識の取り込みが古い知識の忘却を必要としているためかもしれない。人口学的視座から考えると、トップ・マネジメント・チームの多様性が欠如している、もしくは極端な多様性によって相互理解が図れず、タイムリーに明確な方向性を打つ出す状況にないためかもしれない。リスク・テーキングの視座から考えると、リスク・テーキングが不十分で、それは有力な資源提供者(例えば、ベンチャー企業にとってのベンチャー・キャピタル)の失敗への寛容性が低いためかもしれない。ある視座に立てば、組織や個人の行動様式やパフォーマンスを説明する要因が浮かび上がってくる。さらに、これらの要因間の関係性を規定する、モデレーターとなる状況要因も明らかになる。理論的視座なくして問題解決に着手するのは、暗闇を灯りなくして歩くようなものである。もちろん運よく目的地にたどり着けることもあるだろう。しかし、闇雲に直感や経験に従うよりも、理論的視座への依拠から始めることで、よりリーズナブルに問題解決を図れる確率が高まるはずである。

 ただし、この議論が成立するには以下の3つの前提がある。(1)プラクティショナーの高い理論的リテラシー。プラクティショナーが視座を理解し、活用するには、相当レベルの理論的リテラシーが必要で、そのための投資が求められる。(2)理論的視座から考える重要性についてのコミュニティ全体の合意。意思決定プロセスには、理論的視座よりも、経験や勘や思いを重要視する参加者もいる。理論的視座から考えるという思考には、一定レベルの教育と知識に対する価値が必要となる。(3)理論の限界についての理解。理論は、物事をある一面から捉え説明を与えるものである。研究者は特定の視座に立って現象を考えるが、それぞれの視座が持つ説明力には極めて限られる。業績低迷がある視座のみで説明できることはない。そのため、プラクティショナーは様々な視座を統合、組み合わせて考える必要がある。研究者の仕事はあくまでも視座に基づく一面的な説明を与えることであり、理論を「有益な考え」に育てるのはプラクティショナーの役割である。

 組織理論を学ぶべき最後の理由は、社会におけるトレードオフ関係にある対立軸の存在と、そのバランスを理解できるためである。組織にはは、深耕・開拓、多様性・同質性、統合・分散、ジェネラリスト・スペシャリスト、集権・分権などの様々な対立軸が存在する。例えば、組織がその構造を決める際、集権化と分権化という対立した2つのオプションを持つ。どちらか一方が常に望ましいことはなく、one optimal solutionはない。そのため、この2軸のバランスを同時点、もしくは、異時点で達成することが望ましいとされている。バランスと取るには、そもそもこの2軸の存在が理解され、また、2軸の視点から組織を俯瞰する必要となる。さらに、異時点で2軸のバランスを取るには、集権から分権、分権から集権へと移行する際のコストの違いを理解する必要がある(個人や部門は一度手に入れた裁量権を手放すことには消極的であるたため、後者のコストが高くなる)。このようにバランスを取るためには、そもそもの概念の理解と、概念を通じて現状の分析と、さらにバランスを取るための人間行動に関する知見が必要となるのである。組織論を学ぶことで、洞察力と俯瞰力を高める理論という名のメガネをかけることができ、対立軸にある2つのロジックのいいところ取りが可能となるのだ。

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